■歴史・沿革
大正13年撮影の村田堂社屋
昭和5年撮影の村田堂社屋
昭和35年撮影の村田堂社屋
昭和58年撮影の村田堂社屋
平成15年撮影の村田堂社屋
- 明治10年
(1877年) - 松苗平太郎が京都で紳士服の仕立て販売店として『村田堂洋服店』の前進、『竹千堂』を創業し、京都市最古の洋服店となる。
- 明治22年
(1889年) - 『村田堂松苗商店』に改め、明治19年文部省の高等師範学校の制服指定により学生服の製造販売を始める。
- 明治31年
(1898年) - 長屋芳治郎が松苗平太郎から『村田堂』を引き継ぎ、二代目となる。
- 明治39年
(1906年) - 各大学、高等学校、専門学校、中学校の指定商となる。
- 昭和5年
(1930年) - 村田堂 創業40周年を迎える
- 昭和16年
(1941年) - 『合名会社村田堂洋服店』より『有限会社村田堂』となる。
- 昭和25年4月
(1950年4月) - 京都府立、京都市立の高等学校、中学校の指定商となる。
- 昭和28年8月
(1953年8月) - 長屋富三が三代目に就任。
- 昭和39年10月
(1964年10月) - 『有限会社村田堂』より、『株式会社村田堂』となる
- 昭和43年8月
(1968年8月) - 京都学校服協同組合加入。
- 昭和44年1月
(1969年1月) - 協同組合京都学生服振興会を設立。
- 昭和54年9月
(1979年9月) - 長屋芳江が四代目代表取締役に就任。
- 昭和58年10月
(1983年10月) - 店舗を新築
- 昭和58年11月
(1983年11月) - 自社による第1回学校服展示会を開催。
(自社店舗内ホールにて)
- 平成2年6月
(1990年6月) - 京都府知事より、「京の老舗」の表彰を受ける。
- 平成7年4月
(1995年4月) - 会社法の改正に伴い、『有限会社村田堂』に商号変更。
- 平成8年5月
(1996年5月) - 長年営んだ京都市役所前(中京区寺町通御池上る上本能寺前町489)より現住所に移転。
- 平成15年2月
(2003年2月) - 長屋吉彦が五代目代表取締役に就任。
- 平成17年2月
(2005年2月) - 京都御池中学において「服育-服装について考える、大人になる前に知っておきたい事」を開催
- 平成18年8月
(2006年8月) - KES環境マネジメントシステムスタンダードステップ1の認証を取得する
- 平成19年2月
(2007年2月) - 京エコロジーセンター地域温暖化防止先進モデル事業「中小事業者による、環境に関する地域社会貢献事業の仕組つくり」のプロジェクトリーダーとして、京都市藤ノ森小学校で環境学習を開催する。
- 平成21年11月
(2009年11月) - 創業120周年記念展示会「京都の教育と学生服のあゆみ展」を開催。記念誌として、京都精華大学の協力を得て「マンガで見る 京都の教育と学生服のあゆみ」を発刊
■村田堂ライブラリ
村田堂の歴史に関する新聞記事や文献をご紹介します。画像をクリックしてご覧下さい。
長屋芳次郎に関する文献です。(羅紗洋服商名鑑第1巻(京都府))
村田堂が京都最古の洋服店である事や、学生服を取り扱っていることが記されています。
明治44年3月24日の村田堂洋服店の広告
新聞の折込チラシや掲示された広告でしょうか?「新学期の季節、学生服は村田堂でお誂え下さい」というような内容です。
昭和34年8月24日 Doshisha Times の記事
大正15年10月15日付の同志社校友会報への広告が掲載されています。
平成2年10月6日 読売新聞の記事
戦後の混乱や店の移転などで不明になった学生服のボタンの身元探しを呼びかけた新聞記事。
明治22年に学生服の製造販売を始めて以来、各大学、高等学校、専門学校、中学校の指定商となり、下記学校の他たくさんの学生服をお取り扱いさせて頂いております。
過去の取り扱い実績校 <旧制校>
- 京都帝国大学
- 同志社大学
- 立命館大学
- 龍谷大学
- 大谷大学
- 京都府立大学
- 京都第三高等学校
- 京都薬学専門学校
- 同志社高等専門学校
- 立命館高等商業学校
- 京都師範学校
- 京都府立第一中学校
- 京都府立第二中学校
- 京都府立第三中学校
- 京都府桃山中学校
- 京都市立第一商業学校
- 京都市立第二商業学校
- 京都市立第三商業学校
- 京都市立美術学校
- 京都市立農林小学校
- 京都市立第一工業学校
- 京都市立実習商業学校
- 京都市立松原商務学校
- 同志社中学校
- 立命館中学校
- 東山中学校
- 花園中学校
- 京都中学校
- 聖峰中学校
- 東寺中学校
- 紫野中学校






